「痛い、痛い痛い痛い」私は痛みを背負って生まれた。 「帰る場所、だと?」私は帰る場所なく生まれた。 「自分の道を見つけるんだよ」そう言って、私はナタから遠く離れた。 「……私、とは?」分からない。
長い旅をした。あるいは、一瞬だったかもしれない。覚えていないことは、経験していないのと変わらない。少なくとも、「計算上」長い長い旅の果てに、【私】はナド・クライという土地に流れ着いた。 ここは世界の果て、荒れ果てた大地。わずかな原住民と、訳あって流れ着いた人々の暮らす港町。そんな街だから、どんな国の、どんな物が流れ着いても誰も気に留めない。【私】もそんな漂着物の一つだった。 そのまま瓦礫の山に埋もれて、忘れ去られてしまうのが一番幸せだったかもしれない。そうすれば、もう痛みに悩まされる必要は無かったのだから。しかし、運命はそれを許してくれなかった。それは12柱の古龍たちの呪いか、はたまた■■■■■の愛か。今はまだ誰も知らない。
「今日も何か使えそうなものは無いかな~?っと」作ったように鮮やかな桃色の髪の少女は言う。 夢中になれる(そして数日で飽きる)おもちゃを探しに来た子供そのもののの目の輝きで瓦礫の山を崩し始める。 片付けのことなど考えてはいない。どうせもとは瓦礫の山。明日にはそれを覆い尽くすように、また新たな瓦礫がやってくる、片付くことのない場所を、多少余計に散らかす子供に怒る人など誰もいなかった。 「ふんふんふん~♪」興味を引くようなものが見つからず、最初は上機嫌だった彼女の表情は曇りだす。 「う~ん…… 今日は収穫ナシかなぁ……」すっかり落胆した顔で彼女は呟く。 どんよりと曇った空(いつものことだが)がひときわ厚い雲に覆われる。荒れた海風に頬を撫でられ、彼女は露骨に嫌そうな顔をする。 「帰るかぁ……」立ち上がり、器用に瓦礫の山から駆け下りる。 ガツン。彼女が最後着地しようとした場所には不運な球体があった。 ガシャン!ゴロゴロゴロ…… 大きな音に、港の荒くれ者たちもさすがに振り返る。 「おいおい先生、また何か壊したのか?」呆れた顔を浮かべ、ガチャガチャと瓦礫を掻き分けながら何人かの男が寄ってくる。 「っておい先生、大丈夫か!!!」大きな音を立てて壊れたのは、「先生」と呼ばれた彼女が踏んだ何かではなく、どちらかといえばその「先生」の方だった。 「「痛い……」」先生は呻く。同時に、先生が踏んだ「無傷の」瓦礫の方も……呻いていた。
カチャカチャ・クルムカケ工房の「先生」、アイノは生傷が絶えない。はじめこそ周りの人間も慌て、心配していたが、そのうち慣れてしまった。頻繁に怪我をすることもそうだし、どれだけ盛大に山から落ちようが、瓦礫に埋もれようが、はたまた爆発に巻き込まれようが、妙に頑丈な先生は、2~3日もすればまた元気に瓦礫を漁っているのを知っているからだ。 しかし、今回は皆もちょっと慌てた。というのも、あの頑丈な先生が一言呻いて以来、うんともすんとも言わなくなってしまったからだ。 男たちはその見かけからは想像もつかないほど繊細な手つきで(貴重な輸入品を壊さず運ぶことに慣れているのだ)先生を担ぎ上げると、遠く異郷の炭酸飲料「スラーダ」を扱ったときのように揺らさず、そっと工房まで運ぶ。 「いやアイノ……珍しく大怪我して意識もないって聞いてきたんだけど……」騒ぎを聞いて工房に駆け付けた黒髪の少女はいう。その表情は心配から一瞬の笑顔を経て、呆れ顔に変わる。運んできた男たちも皆同じ顔をしている。 「その手の中のガラクタは離さないのね……」先生の手に確りと握りしめられた2つの玉を交互に見つめる。一つは、紋様の刻まれた、光る玉。もう一つは、同じくらいの大きさの水晶のような玉。 「ラウマさん、ほっといても大丈夫ですかね?」男たちの一人が問う。 ラウマと呼ばれた少女が答える。「大丈夫だと思うけれど…… しょうがないからしばらく私が見ておくわ。ありがとう。」 男たちは軽く手を振って、また作業に戻っていく。全員が戻った頃、ラウマはアイノの顔に水をかけた。 「うえぇっ!」アイノが反射的に顔をしかめる。 「なんだ、元気そうじゃない」そう言いながら、派手に壊れたプロテクターを外し、ラウマは怪我の様子を見る。 「いや~、なんか飛び降りたら何か踏んじゃってねぇ、大きな音してたし、壊しちゃったかなぁ」残念そうにアイノは言う。「で、この玉は何?」 「こっちが聞きたいわよ」とラウマ。 ほぇ?と呟きながら、すぐさま2つの玉をくるくると回しながら眺めるアイノ。もうラウマの話など聞いていない。 「……!!……っと!ちょっとアイノ!!!」 優に15分は経ったころ、ようやくラウマの声が耳に入ったアイノは顔を上げる。 「あなたいい加減にしなさいよ!」ラウマはアイノから強引に2つの玉を奪うと、手の届かない遠くの棚に置く。 あうぅ…… と子供のようにうるうるとラウマを見つめるアイノ。 「そんな顔してもダメ!一旦着替えて怪我の手当してから!私も暇じゃないんだからね!」「へーい」 アイノは観念して、ラウマのなすがまま、服を脱ぎ、時折「ひゃっ!」と抗議の声をあげながら薬を塗られ、買った記憶のないパジャマ(それもそのはず、ラウマの私物だ)を着せられ、ベッドに転がされる。 「いい?今日は起きちゃダメ。明日来た時寝てなかったら3日間出かけるの禁止にするよ?」 早速寝入ってしまったのか、はたまた聞こえないふりかは分からなかったが、返事のないアイノを残して、ラウマは帰っていった。
トッ、タッタッタッ…… ラウマが工房を後にして30秒と経たないうちに、アイノは棚から2つの玉を取る。アイノのかかと落としを倉ってもびくともしなかった玉というだけで研究する価値はある。削ってみようかとドリルを回し始めたその瞬間、アイノはラウマのチョップを受けて、今度こそ本当にベッドに沈んだ。 「あの……」片方の玉は必死で呼びかけようとするが、その声はまだ、誰にも届かないのだった。
ガヤガヤ……。 夜も朝もないような、年中暗い町でも、やはり人間が生きている以上、夜と朝を分ける必要はある。かつてフォンテーヌからやってきた職人が作った大きな機械式時計。この時計が合っているのか、間違っているのはは誰も……いや、時の執政イスタロトを除いては、知らない。とにかく、ここではその時計が示す時間が「標準時」だった。 とにかく、その「標準時」のきっかり6時。港は淺を迎える。アイノも研究者として、時計は作ったことがあるし、昨日の男たちの腕には須く「カチャカチャ・クルムカケ工房」印の腕時計があったが、当の工房の主は時計を使わない。港が目覚める午前6時には、嫌でも起こされるし、夜は眠くなったら寝るだけだからだ。 「うぅ~……ん…… あいててて……」アイノは大きく伸びをする。正直、昨日いつ、どうやって寝たのかサッパリ思い出せないが、足首と、首に鈍い痛みがある。しばらくうんうん唸って考えていたが、思い出せば思い出すほどに、痛みが増すばかりだった。 考えることをやめたアイノは、唯一はっきり覚えていた「玉」を手に取る。改めて見ると、光る方の玉は脈打つかのように、かすかに光が揺らめている。そのゆらめきを見ているだけで、研究者魂が昂る。この玉のせいで何かしら痛い目にあったことは間違いなさそうだし、と若干の復讐心を抱きつつ、投げたり、洗ったりと色々試す。玉は変わらず揺らめいている。
「ふぅ~ん……」研究者というものは、分からなければ分からないほど燃えるものだ。この前流れ着いてきたカーンルイアの巨大な兵器のコアに似ているようにも思う。ひとまず、光る方の玉を「コア」、光らない方の玉を「水晶」と呼ぶことにした。 コアをころころと転がしながら、アイノは呼びかける、「ねぇ、あなたは何者なの?どこから来たの?」 「痛い!」突然響いた声にアイノはコアを投げ捨て、部屋の隅に飛びのく。慌てて工房内の計器を見てみるが、騒音レベルはいつも通り。すなわち、部屋の中では誰も話していないということを示す。「故障、か?」一人呟くと、騒音レベルがグッと反応する。どうやら壊れてはいない。すぅ、と息を吸うと、「お化けだーーー!!!」とアイノは叫び、そのまま倒れたアイノの様子を見に、また男たちとラウマが集まる羽目になった。
1時間ほどして目覚めたアイノは、まだ残っていた面々に顛末を説明する。 「頭でも打っちまったんじゃねぇか?」一人の男が言う。 「結局寝てなかったんじゃないでしょうね?」ラウマは遠くスメールの審問官のような目をして言う。 「いやいや寝てたって、というか誰かさんに気絶させられてたわけで」3度目の気絶を恐れてアイノは被せ気味に言う。 「で、この『コア』が喋ったって?」「そうなんだよ……。起きてからコアを調べようと思っても何もできなかったから、話しかけてみたんだ。そしたら突然『痛い!』って。」 「なるほどねぇ……」こんな冗談を言う性格ではないことを知る皆は、アイノの真剣さに圧され、まじめに考え始めた。 「何か機械で、スピーカーがついてたとかじゃないの?」ラウマはコアを回しながら言う。「あるいは、精霊の類か。」 「精霊ねぇ……」技術畑のアイノでも、この世界には「精霊」的な存在がいることは知っているし、龍の国ナタでは死者と交流までできるということも知っている。しかし、精霊が入ったボールが漂着してきたという話はただの一度も聞かない。 「そうだ!」精霊、という言葉で思い出したのか、部屋の隅から何本かの紐のようなものを持ってくる。「これが使えるかも」 「何だい先生、それは」男が尋ねると、待ってましたとばかりに、コアと紐をつな着ながらアイノは説明する。 「これはナタの人から貰った、なんでも大昔に「黒曜石の老婆(グラスバーバ)」とかいうシャーマンが作った、精霊と直接対話するためのケーブルなのだ」アイノ自身、あまりにも胡散臭いと思っていたものの、やたら丈夫なので読んだ本を束ねるのに使っていたのだが、これしか打つ手がなかったのである。大体なんだ、黒曜石の老婆って。きっと怖くて怪しいやつなんだろうなぁ。 それから数時間、アイノは作業に没頭し、みんなは呆れて一人、また一人と帰っていった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 「くしゅん!」桃色の、すこしだけ紫の差し色が入った髪の少女がくしゃみをする。 「大丈夫?シトラリ?」気だるげな声で女性は言う。 「ばあちゃん、あれだけ酒を飲んだあと気球の上で寝ちゃダメだって言ったのに……」長身の、しかしどこか幼げな顔立ちの青年が言う。 「どうせまたどこかで『グラスバーバ怖い!』なんて噂されてるのよ。もう慣れっこだわ!」シトラリと呼ばれた少女は言う。「ところでオロルン、今頃旅人はどうしてるかしら、風邪でも引いてないかしら……」 「ばあちゃん、実は今日はそのことで相談に来たんだ。」オロルンと呼ばれた青年は言う。 「あら、その選択は正しかったわね。このグラスバーバになんでも聞きなさい!」シトラリは胸を張る。「で、何よ。」 「あまり驚かないで聞いてくれ。実は、旅人が女の子を連れて来たんだ。」 「な、なんですってーーーーーーーーーー!?」 「あーあ……」気だるげな声の女性は、今日もまた昼寝はできなさそうだ、と肩を落とした。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
街の喧騒が消え、「夜」がやってくるころ、アイノの手にはコアと、そこに繋がれた、ごちゃごちゃとした機械があった。 テッテレレッテ テッテッテ~ スピリットフォン~、と一人で謎の効果音を付けながら、「スピリットフォン」と呼んだ機械のスイッチを入れる。 ザー…… しばらく雑音が流れる。 「アイノ、さん?」スピリットフォンが声を出す。 「喋った!!!!!!!!!!」アイノは手を叩いて喜ぶ。このコアにはやはり精霊か何かが封じられていて、今私はその精霊と話せる機械を作ったのだ。 少なくともナド・クライ初の成果を前に気をよくしたアイノは、コアへ次々と質問を投げかける。 「あなたは何?」「分かりません、すみません。」 「どこから来たの?ナタ?」「痛い……痛い……」 「もしかして、何も覚えてないの?」「どうやら、そのようです。」 研究者としては、スピリットフォンの完成で一つの成果はあげられたものの、結局なにも聞き出せなかったとあって、アイノは肩を落とす。 「アイノさん、ここまでしていただいたのに、すみません……」スピリットフォンは謝る。 「いや、いいの。それならそれでやってもらうことがあるから、ね?」 「え?」スピリットフォンが答えるのとどちらが早かったか、「留守番よろしく!」とアイノは工房を飛び出していった。
ガラガラ…… ガシャン……。 一昨日大怪我をしたばかりの瓦礫の山にもぐりこみ、アイノはどんどんと瓦礫をよりわけていく。フォンテーヌ製の精密パーツの残骸、璃月の千岩軍の鎧、ありとあらゆる使えそうなものを積み上げる。 人一人にもなろうかというほど大量のパーツを集め終わったアイノは、色気を振り撒いて(実際は男たちがわが子を見るような目で手伝ってくれるのだが)男たちに工房へ荷物を運んでもらう。 「ありがとう諸君!」アイノは礼を言うと、山と積まれたパーツを分解したり、組み立てたりしながら、何やら大きな機械を作り始める。 「それは何でしょう?」スピリットフォンは尋ねる。 「これはあなたの体!」アイノは自信たっぷりに答える。 「私の体……?」スピリットフォンは首をかしげる(首はまだないが)。「どういうことですか?」 「だから、これから君はこの体で、うちのメイドさんになるのだ。」アイノは、さっそく組み上げられた一体のロボットの、真ん中にぽっかりと空いた穴へ、スピリットフォンごとコアをはめ込む。 雑然とした工房、ジメジメとした港町の湿度と気温、カビとホコリの中にふわりと香る女の子の香り。ふわふわ、ふにふにとした、アイノの肌。音だけの世界から、一気に五感が流れ込む。突然の感覚に、スピリットフォンだったロボットはふらふらと座り込む。 「おっとっと、調整まずかったかな?」アイノが覗き込む。 「いえ…… 大丈夫です。アイノさん、いえ、先生。」 「では改めて、これからうちのお世話をよろしくね、イネファ!」 きょとん。「イネファ、とは?」ロボットは問う。 「イネファ、あなたの名前。」「私の名前……。」 イネファ、とロボットはゆっくりと呟く。「はい、イネファ、先生のために頑張ります!」 「よし!じゃあ早速掃除お願い!」アイノは言う。 「承知しました。ところで、掃除機はどこでしょう?」イネファは尋ねる。 アイノは得意そうに「掃除機~出ろ!ってやってみて?」と返す。 イネファは何が何やら、と困惑しながらも、言われた通りに念じてみる。掃除機~ 出ろ! カシャン。ヴィィィィー。その瞬間、イネファの片腕は掃除機になっていた。 「ええーーーーーーーーーー????????」どうやら、とんでもない人のところに住むことになるらしい。